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最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)370号 判決 1965年3月26日

上告人

藤井善男

右訴訟代理人

田中義之助

湯浅実

渡辺真一

江口高次郎

被上告人

中山登美子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中義之助、同湯浅実、同渡辺真一の上告理由第一点について。

不動産の贈与契約において、該不動産の所有権移転登記が経由されたときは、該不動産の引渡の有無を問わず、贈与の履行を終つたものと解すべきであり、この場合、当事者間の合意により、右移転登記の原因を形式上売買契約としたとしても、右登記は実体上の権利関係に符合し無効ということはできないから、前記履行完了の効果を生ずるについての妨げとなるものではない。

本件において原判決が確定した事実によると、上告人は本件建物を被上告人に贈与するとともに、その登記は当事者間の合意で売買の形式をとることを定め、これに基づいて右登記手続を経由したというのであるから、これにより、本件贈与契約はその履行を終つたものというべきであり、その趣旨の原判示判断は正当である。これと異なる見解に立脚する論旨は、採るを得ない。

同第二点について。

所論は、原判決が適法に確定した事実と相容れない事実を前提として、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難するに帰し、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人田中義之助、同湯浅実、同渡辺真一の上告理由

第一点 原判決は民法第五五〇条に違背しているものであり、且つこの違背は判決に影響を及ぼすことが明白であるので民事訴訟法第三九四条、第四〇七条に従い破棄されるべきものである。

一、民法第五五〇条は「書面ニ依ラサル贈与ハ各当事者之ヲ取消スコトヲ得但履行ノ終ハリタル部分ニ付テハ此限ニアラス」旨定めている。

本条規定の趣旨は贈与者が軽卒に契約をなすことをいましめ、且つ証拠が不明確となり紛争の生ずることを避けようとするにある。(法律学体系コンメンタール編(3)債権法我妻栄、有泉享共著日本評論社二九五頁、参照)

即ち贈与契約は通常の契約に比し贈与者が一方的に受贈者に対し経済的利益を与え、受贈者は何等これに対し失うもののないという特異な性格を有しているものであるから、贈与者に対しこれをいましめ本条による取消権を与えてこれを保護しようとするものである。受贈者は贈与の取消された結果、従前の状態に回復するだけで何等の不利益を受けるわけではない。

特に書面によらない贈与は証拠上明確ではなく後日紛争の生じた際には解決が困難であるから、その際は贈与者に取消権を与えて解決させ様としたものである。

二、原判決は上告人が原審訴訟手続において、民法第五五〇条に基いて仮定的になした贈与契約の取消の意思表示に対しこの効力を否定したものであるが、その理由として「成立に争のない甲第一、二号証、原審ならびに当審における証人坂内徳松の証言、控訴人および被控訴人の本人尋問(原審における第一、二回当審における第一回)の結果(ただし控訴人の供述中後記認定に反し措信しない部分を除く)を総合すると、昭和三三年三月一二日頃被控訴人と控訴人とは同道して訴外司法書士坂内徳松方に赴いて登記を依頼したが同日付登記をするまでの運びに至らなかつたが、その帰途控訴人は被控訴人に対し自分はうそはいわない旨誓つて被控訴人に本件建物の登記済証と印鑑証明書を交付した。そこで被控訴人は坂内司法書士方に右書類を持参してこれを坂内司法書士に預けておき同月二二日頃被控訴人は控訴人と同道で坂内司法書士方に赴いて、同司法書士に対し右のほかの必要書類を交付し、形式上は控訴人から被控訴人に本件建物を売買することを原因とする所有権移転の登記申請手続をなすことを依頼し、その結果、同月二四日前記認定の所有権移転登記がなされたことが認められ右認定に反する前記控訴人本人尋問の結果の一部は措信できないしその他に認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると控訴人は被控訴人に対し本件建物の登記済証を交付しており、しかもその後右登記済証を使用して被控訴人に所有権移転登記申請がなされることを諒承し、訴外坂内司法書士に右手続を依頼したものであり、その結果前記認定の所有権移転登記がなされたものであるから贈与契約履行が終つていないとすることはできないのであつて」と判示している。(原判決六枚目の表、裏、七枚目表)

三、民法第五五〇条但書の「履行の終はりたる部分に付ては此限にあらす」との趣旨は、不動産を目的とする贈与契約にあつては、占有の移転即ち引渡を以て履行の終了と解すべきものであり、その他の事実を基準にすべきものではない。

○大審院明治四三年一〇月一〇日 判決

明治四三年(オ)一七四号 民録一六輯六七三頁

○大審院大正九年六月一七日 判決

大正九年(オ)四一九号 民録二六輯九一一頁

○大審院大正一五年四月三〇日 判決

大正一四年(オ)二〇一号

○最高裁判所昭和二九年七月六日第三小法廷判決

昭和二七年(オ)四八〇号 裁判例集 一五号 三九頁

その他の裁判例

四、本件においては本件贈与にかかる建物について現実に建物じたいについての引渡がなされたか否かについては原判決は何等言及していないことはその「理由」を一読すれば明白である。

原判決はこれに反して第二項記載の如き、登記済証の交付並にその結果所有権移転登記手続の終了を以て、民法第五五〇条但書の履行の終了に当ると判示していることは民法第五五〇条の解釈を誤り、本条に違背したものであり、もしこの違背がなければ判決の結果については原判決の主文について正反対の結論が生じるものであることは明白であるので民事訴訟法第三九四条、四〇七条に従い破棄さるべきものである。<以下省略>

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